洞不全症候群、パーキンソン病を公表し活動休止中であった歌手、タレントの美川憲一さんが復帰会見を行いました。
この記事では美川憲一さんの経歴や交友関係、活動休止に至った病気に関して、今後の活動内容に関してまとめました。
美川憲一さんのプロフィール
1946年5月15日 長野県諏訪市生まれの2025年現在79歳(本名:百瀬由一)
1965年 シングル「だけど だけど だけど」で歌手デビュー
1965年 3枚目のシングル「柳ヶ瀬ブルース」がミリオンヒットを記録し一躍人気歌手へ
その後も「釧路の夜」、「さそり座の女」など多数のヒット曲を世に生み出す
歌番組だけでなく、バラエティー番組などにも出演し、そのゴージャスな立ち振る舞いや、歯に衣着せぬ物言いで人気を博しています。
交流のある芸能人
芸能界でも、歌手の藤あやこさん、水前寺清子さんなど、多数の方と交友のある美川憲一さんですが、特にタレントの神田うのさんとの交友は世間的にも有名なところです。長年の付き合いがあり、お互いや知人の誕生日を一緒に祝うなど、公私共に仲の良い事で知られています。また、最近ではONE OK ROCKのTAKAさんやUVERworld のTAKUYA∞さんなど若手アーティストとも交流がある様子をSNSにあげています。
活動休止の理由
そんな美川憲一さんですが、以前からあった目眩などの症状で2025年8月に体調を崩し、2025年9月に医療機関にて精密検査を受けたところ、「洞不全症候群」という心疾患が発覚し、ペースメーカー植え込み手術の為、活動休止していました。また、入院中のリハビリの際に違和感があり、精密検査にてパーキンソン病が判明し、2025年11月に公表していました。美川憲一さんは復帰会見でも「歩けなかった」「入院中は辛かった」との発言がありました。
パーキンソン病とは?
パーキンソン病は国が指定する、指定難治のうちの一つです。主な症状としては手足の震え、体の動かしにくさ、歩行時のすくみ足・小刻みなどの運動障害、認知機能低下や幻覚・妄想などの非運動症状、便秘、頻尿、起立性低血圧などの自律神経障害があります。日本では約1000人に1人、65歳以上の高齢者では100人に1人割合で発症し、決して珍しくない病気です。芸能界でも、タレントのみのもんたさん、映画バック・トゥーザ・フューチャーで有名な俳優マイケル・J・フォックス、などがパーキンソン病であることを公表していました。
パーキンソン病の治療・予後について
パーキンソン病は進行性の疾患であり、進行の速さは個人差があります。病気の進行そのものを止める治療法は開発されておらず、治療は対処療法になります。パーキンソン病の治療に関しては薬による治療、手術による治療、リハビリによる治療が主であり、美川憲一さんも医師からは車椅子の使用を勧められていたとのことですが、概ね1ヶ月半の入院にて治療を行い、会見の場には自力で歩いて登場されました。
今後の活動について
美川憲一さんは会見で「パーキンソンは現代医学では治らない病気です。薬もいい薬がでてますけど、リハビリしながら日々努力をして、しぶとくコンサートをやっていきたい」と前向きに発言。また、「私と同じパーキンソン病という難病、またそれ以外のご病気と闘っている方たち、そして、サポートをされていらっしゃるご家族の方々へ、私の活動を通して少しでも勇気づけられたら」と会見を開いた意義を説明され、全国のパーキンソン病やそれ以外の病気で苦しんでいる方へ、勇気を与えてくれました。
美川憲一さんの今後の活動に関しては、モノマネタレントでも知られているコロッケさんとの「美川憲一&コロッケ Chrismas Dinner Show 2025年12月14日(日)」にて復帰予定となっています。2026年にはコロッケさんとの「スペシャルジョイントコンサート 2026」も予定されています。
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